台所夜話

食べ物にまつわる夢の話

第五十五夜 ヤイト

運良くヤイトを手に入れたので、刺身にしました。 いわゆる「スマ」という魚。 身が脂で白っぽい。それだけに、脂の乗りが上々です。 鮮度も抜群、絶品でした。 美味しくいただいたあとには、妻と二人で仰向けに。 みたされたおなかを丸出しにして、静かにお…

第五十四夜 タタキ

メダカが続々、ひっくり返る夏の終わり。 ツクツクボウシの鳴き声を背に、南無阿弥陀仏と唱えて合掌。 今宵は宮城のカツオのタタキ。 しかも半額。少々臭いか。 ここはミョウガとニンニクスライス、しょうが、ポン酢に更に高知のゆず果汁をぶっかけ五分。 安…

第五十三夜 サッポロ

ケンタッキーは諦めた。大人の事情で見送りだ。 今年はあえて、焼き鳥だ。タレ十本に塩十本。 あのクリスマスバーレルと比べるなんて、ヤボなこと。 キャベツ刻んで自家製のコールスローも作ってみるか。 ケンタの味になるように、ネットでレシピを見つけて…

第五十二夜 神宮

ヤンキースタジアムで焼き鳥とビール。両国の国技館で相撲を観ながら、ポップコーンでもいいんだよ。 中入にはみんなで大合唱してさ。 千秋楽の国歌斉唱さながらに、すべての人が起立して、恒例のアレ、歌いましょうよ。 「私を球場に連れてって」 もう家に…

第五十一夜 大和

もう冬か。なんて鳥肌立てて大和路で、赤や黄色の紅葉に埋もれ、きつねうどんをすすっています。 そりゃずいぶんと迷いましたよ。ここまで辿り着くのには。 そうは言っても今もなお、自分が大和のどこにいるのか、はっきりわかっていませんが。 まあ、幸運に…

第五十夜 奈良漬け

ここはひとつ、ショパンの「雨だれ」はどうですか。 ともすれば、日本の梅雨にも合うからと、勝手に上がり込んできて、手持ちのピアニカを奏でる隣人。 ペヤングの匂いに惹かれてやむなく乱入したって言うけど、その気持ち、分からなくもないな。 「お礼に、…

第四十九夜 らっきょう

やがて、雨が降り始めた。 あえてぬかるんだ畑に入り、ドロドロになってまでキュウリを採ることもなかろうと、遠征は中止。 家に帰ると妻はいくらか気を取り直し、黙々とらっきょうの皮をむいている。 「アナハイムも雨だってさ」 綺麗にむかれたらっきょう…

第四十八夜 梅雨

梅泥棒って、珍しくはない。スイカ泥棒に米泥棒、年中行事のひとつである。 私はその列に名を連ねたくはないので、ここは妻の甘言に乗らず、自重。 実家の畑に遠征して、頃合いのキュウリを四、五本もいでくるが宜しかろう。 妻は勢い、足元の梅の実を蹴り飛…

第四十七夜 南高梅

たまには妻と、ウォーキングに出かけるか。黄昏時を狙ってね。 誰が誰だか分からないから良いのだと、妻は言うけど。 狭い町だし、面が割れると少々気まずいって事もあるのかも知れんが。 それにしても、日が長くなったな。夜七時半を回っても、個体の識別が…

第四十六夜 ペペロンチーノ

異変を察知した訳ではないが、いつもより早めに、妻が寝室から這い出して来たぞ。 リッチーブラックモアばりの、ロッククラシックな長髪を、前後左右に激しく振り乱しながら。 「何事かあらむ」 努めて平静に私がただすと、 「かが、かが」と、えらく痰が絡…

第四十五夜 ミロ

朝っぱらから金魚売りが近所を回っているなんて、世も末だね。 無駄に甘い食パンには、オリーブオイルを回しがけて、少しはリカバリーするか。 近頃牛乳にミロを混ぜるが、こいつもなかなかに甘ったるいし。 加えてバナナも甘いじゃないか。 朝っぱらから大…

第四十四夜 山椒

スーパームーンに皆既月食が重なって、あたりはいくぶん、暗くはなったが。 この夜にまさか、釜など抜かれはしないだろうね。 闇に紛れて糠床に、山椒の実をパラパラと。 呪文を唱えつつ妻が、新たに糠に混ぜ込むモノとは。 その山椒の実以外、この位置から…

第四十三夜 きゅうりの糠漬け

糠漬け始めました。 ある日突然、私の妻が。 以前もそんなことがあったが、いつの間にかやめてしまった。 理由はいったい、何だったかな。飽きて、やめたのかも知れないな。 まあ良い。余計なことは、あえて聞くまい。 なにはともあれ糠床が、家にあるって素…

第四十二夜 酒呑童子

つまみは、なとりの、いかくんとさきいか。 酒は、丹後の生酛吟醸。 朝まだき、大江山に降りかかる、流星群を眺めつつ、酒呑童子は、独り盃を傾ける。 ちょっと悪さをしすぎたのかも知れない。 いよいよ源頼光が、私をやっつけにくるという。 それも仕方のな…

第四十一夜 明智光秀

最近シミが増えてきた。己の顔を鏡に映し、明智光秀は悩んでいた。 もとより肌の手入れなど、考えたこともなかったし、直射日光を浴びるのが、肌に良いと思っていた。 気になりだすと、シミにばかり視線が定まる。世人はどのように思うのだろう。 面と向かっ…

第四十夜 清少納言

カレーは好きで、よく食べる。 昨晩も食べて、朝、ゲップをしたら、その匂いで思わず目覚めた。 春はあけぼの、気分が悪い。 テンピュールの枕にも、カレーの残り香が、しつこくまとわりついている。 いとあさまし。 名月の夜は、香の代わりに、カレーを炊い…

第三十九夜 千利休

茶せんを懐にしのばせたまま、しばしば利休は町へ下った。 はき慣れたワラジの底は赤い。まさしくルブタンの、別注品だ。 茶室は宇宙だと、一度も思ったことはない。 誰かが引きこもりの口実に、使っていただけである。 日頃から利休は、旬の物を求めていた…

第三十八夜 聖徳太子

聖徳太子は髪の毛を染めて、柿を食った。 富有柿をアテに、良く酒を飲んで、潰れた。 憲法は十七条で止まったが、本当はもっと書きたかった。 シラフの時間が、短かすぎて叶わなかった。 気が付くと、法隆寺が建っていた。 泥酔してるまに、建てられていた。…

第三十七夜

江戸前の穴子の天ぷら 季節の江戸野菜の浅漬けに、ひとつまみ、東京アラートを添えて 夜十時以降にこっそり出される裏メニュー。 期間限定。 照明を落とした店内で、人目を盗んで提供される、いわば背徳の味。 珍しく深川のウナギが手に入ったら、ステップ3…

第三十六夜

食材が無いので、自生している山菜を採りに、山へ入った。 といっても季節柄、ワラビもゼンマイも生えてはいない。 怪しい色彩のキノコが群生しているが、こいつは危険だ。 コカの葉を摘んで天ぷらにするのも、止した方がいいだろう。 いつしか小さな池に出…

第三十五夜 蓬莱

黄昏時に洗濯物を取り入れる。 ベランダから飛び去ったのは、極楽鳥の雄かも知れない。 ガレージの脇で、翁と媼が並んで爪を切っている。 いつも決まってこの時間になると、そこに出現する二人。 爪を切りつつ二人して、夕日に染まった海を見ている。 そこに…

第三十四夜 獅子頭

それにつけてもおやつはカールで、物欲しそうに金魚が見ている。 この二匹、正統なオランダ獅子頭ではないらしい。 その姿といい、泳ぎといい、見れば見るほど品がない。 時々ヒレで、水面を叩く。 今夜はカレーだ。 しかもスーパーで、三元豚のロースカツを…

第三十三夜 マスクマン

冷凍パスタは電子レンジに入れるだけ。 およそ7分。 スタートボタンを押せば勝手に、7分用の般若心経が流れ出す。 終わりの鈴がひとつ鳴るまで、スクワットを続けるには長い。 ピタゴラスの定理を使って、新たな運動を展開するには時間が足りぬ。 気分じゃ…

第三十二夜 もそろ

緊急事態宣言の夜、淡路の真鯛の目が光った。 バッハはソーセージを手土産に、神戸の港に上陸した。 六甲おろしは吹かなかった。 桜鯛の姿造りに灘の生一本。 泥酔したトラッキーに降りかかる長尺のマタイ受難曲。 暗いカウンターの片隅で、つば九郎は羽を休…

第三十一夜 酒かす

二軒目のスーパーで、同じ酒かすが、一軒目より二十円安い。 そのショックを、布マスクで覆い隠してスーパーカブにまたがり帰宅。 ヒノキ花粉と新型コロナウイルスが、桜の花びらとともに舞うのも止むなし。 シラフで眺める花もたまには良かろうと、令和の世…

第三十夜 ザラメ

金魚が横目で時計を見ている。 思えば今日も、それほど悪くない一日であった。 褒美に福砂屋のカステラと、福岡八女の玉露をいただく。 赤い月がのぼれば時に、誰も知らない海路がひらく。 カステラがこの国に伝来したのは幸運であった。 おかげで今宵も、絶…

第二十九夜 ISS

土曜日の夕刻に、洗濯機を回しました。 「これっきりボタン」を押して、後は待つだけ。 ぬるいインスタントコーヒーを、うまくはないのに飲み続けています。 キャラメルコーンの袋の底に埋もれている、ローストピーナッツを探しながら。 外はすっかり日暮れ…

第二十八夜 下足

窓の外が、急に暗くなりました。 テーブルの上には、デコポンと不知火。 火影が揺らめく部屋の中で、ひそかに炙られるスルメイカの下足は絶品です。 はやり病を断つという、秘伝のレシピは牛頭天王の飾り棚に。 うなぎ犬とともにあります。 西からのぼるお日…

第二十七夜 陽水

井上陽水を聴いていました。 窓の外から、リンゴ売りの声は届いてきませんが、キジの鳴く声は、時々します。 鉄砲で撃ったところで、キジをさばくなんて無理。 リンゴの皮なら、何とかむくことができますが。 3時のおやつはローソンの、プレミアムロールケ…

第二十六夜

人参をペレストロイカして三分。 惜しみなくドイモイしたジャガイモを茹でる。 プラハの春の新玉はスライスにしても、あくまで水にさらす必要はない。 常に塩コショウはパンデミック調。 解体した器の上に、盛者必衰のことわりをあらわす盛り付けでいただく…