第四十六夜 ペペロンチーノ
異変を察知した訳ではないが、いつもより早めに、妻が寝室から這い出して来たぞ。
リッチーブラックモアばりの、ロッククラシックな長髪を、前後左右に激しく振り乱しながら。
「何事かあらむ」
努めて平静に私がただすと、
「かが、かが」と、えらく痰が絡んだ声で妻が、荒ぶる滝のごとき毛髪の奥から、息も絶え絶えにそう答えるに、なるほど「蚊」か、と私は、案外速やかに意を解したのだった。
「昨晩は、ニンニクだらけのペペロンチーノを食べたので、毛穴という毛穴から、常軌を逸した成分が放出されていたのかも知れぬ」
加えてそこに、汗 やら何やら混じり合い、蚊にとって、格好の舞台が出来上がったという訳さ。
「ほざけ」と妻は、下手すりゃその場に痰を吐き捨てる勢いでそう言い放ち、怒りに震える指先でもって、セブンスターに火をつける。
そういや昨夜のペペロンチーノ、細かく刻んだキュウリの糠漬け振りかけたけど、これがまた、玄人好みのロックテイストを存分に味わわせてくれたものだよ。