台所夜話

食べ物にまつわる夢の話

2020-01-01から1年間の記事一覧

第四十二夜 酒呑童子

つまみは、なとりの、いかくんとさきいか。 酒は、丹後の生酛吟醸。 朝まだき、大江山に降りかかる、流星群を眺めつつ、酒呑童子は、独り盃を傾ける。 ちょっと悪さをしすぎたのかも知れない。 いよいよ源頼光が、私をやっつけにくるという。 それも仕方のな…

第四十一夜 明智光秀

最近シミが増えてきた。己の顔を鏡に映し、明智光秀は悩んでいた。 もとより肌の手入れなど、考えたこともなかったし、直射日光を浴びるのが、肌に良いと思っていた。 気になりだすと、シミにばかり視線が定まる。世人はどのように思うのだろう。 面と向かっ…

第四十夜 清少納言

カレーは好きで、よく食べる。 昨晩も食べて、朝、ゲップをしたら、その匂いで思わず目覚めた。 春はあけぼの、気分が悪い。 テンピュールの枕にも、カレーの残り香が、しつこくまとわりついている。 いとあさまし。 名月の夜は、香の代わりに、カレーを炊い…

第三十九夜 千利休

茶せんを懐にしのばせたまま、しばしば利休は町へ下った。 はき慣れたワラジの底は赤い。まさしくルブタンの、別注品だ。 茶室は宇宙だと、一度も思ったことはない。 誰かが引きこもりの口実に、使っていただけである。 日頃から利休は、旬の物を求めていた…

第三十八夜 聖徳太子

聖徳太子は髪の毛を染めて、柿を食った。 富有柿をアテに、良く酒を飲んで、潰れた。 憲法は十七条で止まったが、本当はもっと書きたかった。 シラフの時間が、短かすぎて叶わなかった。 気が付くと、法隆寺が建っていた。 泥酔してるまに、建てられていた。…

第三十七夜

江戸前の穴子の天ぷら 季節の江戸野菜の浅漬けに、ひとつまみ、東京アラートを添えて 夜十時以降にこっそり出される裏メニュー。 期間限定。 照明を落とした店内で、人目を盗んで提供される、いわば背徳の味。 珍しく深川のウナギが手に入ったら、ステップ3…

第三十六夜

食材が無いので、自生している山菜を採りに、山へ入った。 といっても季節柄、ワラビもゼンマイも生えてはいない。 怪しい色彩のキノコが群生しているが、こいつは危険だ。 コカの葉を摘んで天ぷらにするのも、止した方がいいだろう。 いつしか小さな池に出…

第三十五夜 蓬莱

黄昏時に洗濯物を取り入れる。 ベランダから飛び去ったのは、極楽鳥の雄かも知れない。 ガレージの脇で、翁と媼が並んで爪を切っている。 いつも決まってこの時間になると、そこに出現する二人。 爪を切りつつ二人して、夕日に染まった海を見ている。 そこに…

第三十四夜 獅子頭

それにつけてもおやつはカールで、物欲しそうに金魚が見ている。 この二匹、正統なオランダ獅子頭ではないらしい。 その姿といい、泳ぎといい、見れば見るほど品がない。 時々ヒレで、水面を叩く。 今夜はカレーだ。 しかもスーパーで、三元豚のロースカツを…

第三十三夜 マスクマン

冷凍パスタは電子レンジに入れるだけ。 およそ7分。 スタートボタンを押せば勝手に、7分用の般若心経が流れ出す。 終わりの鈴がひとつ鳴るまで、スクワットを続けるには長い。 ピタゴラスの定理を使って、新たな運動を展開するには時間が足りぬ。 気分じゃ…

第三十二夜 もそろ

緊急事態宣言の夜、淡路の真鯛の目が光った。 バッハはソーセージを手土産に、神戸の港に上陸した。 六甲おろしは吹かなかった。 桜鯛の姿造りに灘の生一本。 泥酔したトラッキーに降りかかる長尺のマタイ受難曲。 暗いカウンターの片隅で、つば九郎は羽を休…

第三十一夜 酒かす

二軒目のスーパーで、同じ酒かすが、一軒目より二十円安い。 そのショックを、布マスクで覆い隠してスーパーカブにまたがり帰宅。 ヒノキ花粉と新型コロナウイルスが、桜の花びらとともに舞うのも止むなし。 シラフで眺める花もたまには良かろうと、令和の世…

第三十夜 ザラメ

金魚が横目で時計を見ている。 思えば今日も、それほど悪くない一日であった。 褒美に福砂屋のカステラと、福岡八女の玉露をいただく。 赤い月がのぼれば時に、誰も知らない海路がひらく。 カステラがこの国に伝来したのは幸運であった。 おかげで今宵も、絶…

第二十九夜 ISS

土曜日の夕刻に、洗濯機を回しました。 「これっきりボタン」を押して、後は待つだけ。 ぬるいインスタントコーヒーを、うまくはないのに飲み続けています。 キャラメルコーンの袋の底に埋もれている、ローストピーナッツを探しながら。 外はすっかり日暮れ…

第二十八夜 下足

窓の外が、急に暗くなりました。 テーブルの上には、デコポンと不知火。 火影が揺らめく部屋の中で、ひそかに炙られるスルメイカの下足は絶品です。 はやり病を断つという、秘伝のレシピは牛頭天王の飾り棚に。 うなぎ犬とともにあります。 西からのぼるお日…

第二十七夜 陽水

井上陽水を聴いていました。 窓の外から、リンゴ売りの声は届いてきませんが、キジの鳴く声は、時々します。 鉄砲で撃ったところで、キジをさばくなんて無理。 リンゴの皮なら、何とかむくことができますが。 3時のおやつはローソンの、プレミアムロールケ…

第二十六夜

人参をペレストロイカして三分。 惜しみなくドイモイしたジャガイモを茹でる。 プラハの春の新玉はスライスにしても、あくまで水にさらす必要はない。 常に塩コショウはパンデミック調。 解体した器の上に、盛者必衰のことわりをあらわす盛り付けでいただく…

第二十五夜

真っ赤なフェラーリでお買い物。 半額の時間を狙って。 いざスーパーへ突撃せよ。 アクセルとブレーキを踏み間違えるな。 半額サバ弁、召し捕ったり。 半額ヒレカツ、召し捕ったり。 真っ赤なフェラーリが、スピンターン。 半額スイーツを、買い忘れたよ。 …

第二十四夜

上の階がうるさい。 漬け物石を落としまくっている。 いきなり風呂場の電球が切れた。 続いてトイレの換気扇が止まった。 時々、金魚が立ち泳ぎしている。 水面に浮いた泡を食っているらしい。 そのうえ時計をチラチラ見ながら、エサの時間を気にかけている…

第二十三夜

気付けば毎朝、食パンばっかり食べている。 怪しげなマーガリンをたっぷり塗って。 手軽な文化にどっぷり浸っている有り様。 体の事が少し心配になってくる。 だったらコメを食えばいいのに。 余計なものなど入っていないし。 「朝食う白メシに勝るものなし…

第二十二夜

かっぱえびせんの塩気に惹かれる。 日曜日の午前。 競馬には手を出さない。 痛い目には遭わない。 朝からかっぱえびせんを、一袋空ける。 すがすがしい気分になれない。 少し、心が痛い。 せめて半分にしとけば良かった。 残りを午後に回せば良かった。 富の…

第二十一夜

口さみしいのに、歌う歌がありません。 ひと晩じゅう、安いホルモンをひたすら噛んで過ごしています。 十年前に開けてひと口飲んだだけ。 今更ながらその酒を、奈落の底まで探しに行こうか。 ふとストーブの火が消える音。 「灯油はあるか」 具のないおでん…