第五十五夜 ヤイト
運良くヤイトを手に入れたので、刺身にしました。
いわゆる「スマ」という魚。
身が脂で白っぽい。それだけに、脂の乗りが上々です。
鮮度も抜群、絶品でした。
美味しくいただいたあとには、妻と二人で仰向けに。
みたされたおなかを丸出しにして、静かにお灸をすえてやります。
ゆらゆらと立ちのぼる幽かな煙に、天窓からは月の光が差し込んで。
何となく、海にたゆたう魚になったような心地がします。
第五十一夜 大和
もう冬か。なんて鳥肌立てて大和路で、赤や黄色の紅葉に埋もれ、きつねうどんをすすっています。
そりゃずいぶんと迷いましたよ。ここまで辿り着くのには。
そうは言っても今もなお、自分が大和のどこにいるのか、はっきりわかっていませんが。
まあ、幸運にもこうして赤いきつねをいただける大和はやはり国のまほろば。見渡せば秋が極まって、そりゃ鳥肌も立ちますよ。
マンハッタンに居を移した友人は、初めての異国の冬に片足突っ込んで震えているかな。
ああ、世界の中心は冷えるねぇ、なんて両手をさすり、真っ白な息を天に向かって吐き出しながら。
それでセントラルパークでさ、カップヌードルすするんだよ。
この世がどうか安寧でありますように、なんて思わず、柄にもないことをふっと願ったりしてさ。
第五十夜 奈良漬け
ここはひとつ、ショパンの「雨だれ」はどうですか。
ともすれば、日本の梅雨にも合うからと、勝手に上がり込んできて、手持ちのピアニカを奏でる隣人。
ペヤングの匂いに惹かれてやむなく乱入したって言うけど、その気持ち、分からなくもないな。
「お礼に、これを」とその隣人が差し出したのは、「いただきものの、奈良漬けですが」
こりゃまた珍しいものですな。ともすれば、うな丼にこそ合うからと、うなぎも一緒にくれりゃいいのに。
などと、都合の良いことを思っていたら、古来の梅雨はどこへやら、突如として百年に一度か二度の大雨が降りだしてきたぞ。
ショパンどころではないな。いや逆に、ここはショパンで合うのかも知れないな。