台所夜話

食べ物にまつわる夢の話

第四十一夜 明智光秀

最近シミが増えてきた。己の顔を鏡に映し、明智光秀は悩んでいた。

もとより肌の手入れなど、考えたこともなかったし、直射日光を浴びるのが、肌に良いと思っていた。

 

気になりだすと、シミにばかり視線が定まる。世人はどのように思うのだろう。

面と向かって話をしても、相手はシミが気になって、私の言うことなど聞いてやしないのではないか。

武将として、それでは困る。威厳にかかわる問題であろう。

 

シミってやつは、どうにも消せないものらしい。

「薄くはならんか」

真偽のほどはさておいて、光秀は日夜、ハトムギを煎じ、トマトやキウイをむさぼり食った。巷にあふれる情報に振り回されつつ、やるべきことは全てやったが、効果のほどは現れない。

 

ストレスだろうか。鏡に映る己の顔を、じっと見つめる。

「むしろシミは、濃くなっているのではないか」

さらにはその数も、増えているのではなかろうか。

 

果たして敵は、本能寺にはいなかった。

鏡に映る、シミだらけの己こそ、討ち果たすべき相手に見えてくるから不思議だ。

第四十夜 清少納言

カレーは好きで、よく食べる。

昨晩も食べて、朝、ゲップをしたら、その匂いで思わず目覚めた。

春はあけぼの、気分が悪い。

テンピュールの枕にも、カレーの残り香が、しつこくまとわりついている。

いとあさまし。

 

名月の夜は、香の代わりに、カレーを炊いて、周囲から、不評を買った。

それでも二、三の好き者はいて、その者たちと、バーミキュラの鍋を囲った。

カレーを炊くなら、バーミキュラ

月を愛で、その鋳物の鍋を飽かず愛で、後先のことを考えず、好きなだけカレーを食べて、屁こいて寝る。

いとをかし。

第三十九夜 千利休

茶せんを懐にしのばせたまま、しばしば利休は町へ下った。

はき慣れたワラジの底は赤い。まさしくルブタンの、別注品だ。

 

茶室は宇宙だと、一度も思ったことはない。

誰かが引きこもりの口実に、使っていただけである。

 

日頃から利休は、旬の物を求めていた。

その目は確かだったから、市場では他に抜きん出て、上物を次々仕留めた。

 

その帰りには、なじみの茶店エスプレッソを味わった。

その度に、懐の中の茶せんがうずいて仕方がない。

たまにはコーヒーを点ててみるのもいいかと思うが、変な気は起こすなと、厳しく豊臣秀吉にいさめられた。

第三十八夜 聖徳太子

聖徳太子は髪の毛を染めて、柿を食った。

富有柿をアテに、良く酒を飲んで、潰れた。

憲法は十七条で止まったが、本当はもっと書きたかった。

シラフの時間が、短かすぎて叶わなかった。

 

気が付くと、法隆寺が建っていた。

泥酔してるまに、建てられていた。

そんなもんだと、聖徳太子は気にも留めない。

中身をくり抜いた柿の器に何を盛るか。

金堂に寝そべり、ラッキーストライクを吸いながら、聖徳太子は考えている。

第三十七夜

江戸前穴子の天ぷら

季節の江戸野菜の浅漬けに、ひとつまみ、東京アラートを添えて

 

夜十時以降にこっそり出される裏メニュー。

期間限定。

照明を落とした店内で、人目を盗んで提供される、いわば背徳の味。

 

珍しく深川のウナギが手に入ったら、ステップ3。

流行の谷間に、ひと昔前をしのばせる、幻の味わいを。

第三十六夜

食材が無いので、自生している山菜を採りに、山へ入った。

といっても季節柄、ワラビもゼンマイも生えてはいない。

怪しい色彩のキノコが群生しているが、こいつは危険だ。

コカの葉を摘んで天ぷらにするのも、止した方がいいだろう。

 

いつしか小さな池に出ていた。

そこで仙人が、静かに釣り糸を垂らしている。

龍を狙って百年が過ぎたというが、「あっという間だ」

土産にマジックマッシュルームの西京漬けを持たせてくれた。

 

 

 

第三十五夜 蓬莱

黄昏時に洗濯物を取り入れる。

ベランダから飛び去ったのは、極楽鳥の雄かも知れない。

ガレージの脇で、翁と媼が並んで爪を切っている。

いつも決まってこの時間になると、そこに出現する二人。

 

爪を切りつつ二人して、夕日に染まった海を見ている。

そこにたまたま富山の薬売りが、蓬莱の豚まんを運んできた。

潮が引いた砂浜に出てアサリを掘り出し、ボンゴレビアンコを作るプランは無しだ。

かといって豚まんだけで、晩御飯になりうるか、悩む二人。